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よくある練習メニューに対しての考察

 

前のコラムでは、現在のボイストレーニングの現状と上達しにくい理由についてお話しました。  

 

  

このコラムでは具体例として、実際のボイストレーニングでよく行われている練習メニューについて一つずつ考察していきます。  

   

  

   

  

現在よく言われる練習法として有名なものだと  

   

・腹式呼吸  

  

・リップロール/タングトリル  

  

・喉下げ発声  

  

  

このあたりが挙げられるでしょうか。  

  

  

こちらの3メニューについて、順に考察していきましょう。  

  

   

  

   

  

まずは腹式呼吸について  

  

  

腹式呼吸のメニューは、主に「お腹を膨らませて呼吸する事」と「腹筋を強く使って声を出す事」の2つを目的としています。  

  

  

呼吸は通常胸郭と呼ばれる胸の外郭と、横隔膜と呼ばれる肺の下部にある筋膜の主に2つを使って行います。  

  

  

 

お腹を膨らませて呼吸するとは、上部胸郭をあまり広げず横隔膜を下げる動きと下部胸郭の動きのみを使って息を吸う事が目的となります。  

  

  

そして腹筋を使って声を出すとは、この下げた横隔膜を戻す事により強い呼気(息を吐く事)を生むことを目的としています。  

  

   

  

つまり腹式呼吸のメニューをまとめると「強い息を吐く」と言う練習だと言えます。  

  

   

  

  

2つ前の”練習に意味を持たせるための「ボイトレの意味」と「臨み方」の話”コラムでも述べましたが、強い呼気は「呼気圧迫」という状態を生みます。  

  

  

声帯は成人でも2センチ前後の小さな筋肉と粘膜の器官ですから、当然とても柔らかく脆いものです。  

  

  

そこに横隔膜や腹筋などの大きな筋肉を使った強い息がぶつかれば、たちまち小さな声帯はその機能を維持出来なくなり、閉鎖(詳しくはボイトレコラムをご覧下さい)は崩壊してしまいます。  

  

   

 

そこで声帯閉鎖をキープするために声帯を固く緊張させその状態を保持しますが、無理やり固めた声帯ですから当然コントロールは出来なくなりますし、一度固めた声帯を歌いながら緩める事も出来なくなります。  

  

 

その為いわゆる腹式呼吸のメニューを行うと一時的に声量が上がったり、若干音域が広がったりしますが  

  

ビブラートなどの細かなテクニックが使えなくなったり、声量を下げられなくなったり、発音によって発声が大きくブレたり  

 

  

固めた声帯に強い息をぶつけ続ける事により声帯が大きくダメージを負ったりします。  

  

   

 

一般的に言われるメニューの中でも、最もデメリットが大きなメニューの一つだと言えるでしょう。  

  

   

  

   

 

次にリップロールやタングトリルについて  

  

   

 

上記の2メニューは、それぞれ唇(リップ)や舌(タング)を、呼気でプルプルと震わせる練習です。  

  

この二つはどちらも”筋弛緩法”と言って、筋肉の緊張をほどくのが目的のメニューと言われています。  

  

   

  

柔軟体操で関節を回したり、肩の力を抜く時に一度肩をグッと上げてからストンと落とす、などの脱力法ですね。  

  

   

その為場合(明らかに一部分だけ過緊張する癖があるなど)によっては、一時的に使用しても良いかもしれません。  

  

  

ですが、こればかりを行っても神経伝達力の強化は一切行われず(緊張を緩めるだけのメニューなので)、一時的な脱力による発声負荷の軽減しか出来ません。  

  

   

  

また、筋肉の過緊張に対する最もポピュラーな方法は、それと反対の方向の力を生む筋肉(拮抗する筋肉なので拮抗筋と呼ばれます)を鍛える事です。  

  

  

その為ひたすら弛緩法だけを延々繰り返すと、発声に必要な力が鍛えられないばかりかやりすぎる事でどんどん神経伝達力や筋力は衰えて行き、弱くか細い声しか出せない様になってしまう恐れもあります。  

  

 

  

弛緩法のメニューは最小限にとどめて、必要な力を鍛えるメニューを沢山行う方が得策だと思います。  

  

   

  

   

 

  

最後に喉下げ発声についてです  

  

   

喉下げ発声とはその名の通り、喉仏(喉頭と言います)を引き下げて声を出そうと言うメニューです。  

   

  

これも例えば喉仏を引き上げる筋肉だけが異様に強くバランスが取れない人や舌骨上筋群と呼ばれるアゴの下(二重アゴになる所)が過緊張状態になってしまう人など、沢山の方に有効な練習法です。  

   

  

ですがこのメニューにも問題が2点ほどあります。  

  

  

  

一つは、喉仏を下げる発声そのものが良い事だと言う誤解をしている人が多いと言う事。  

  

 

もともと発声は、喉仏の中にある声帯を閉鎖したり伸ばしたりして行いますが、この喉仏を下げたり上げたりする筋肉は声帯の運動を補助する役割があります。  

  

 

喉仏を引き下げる役割を持つ筋肉はいくつかありますが、例えば主として働く胸骨甲状筋という筋肉は声帯をやや開く動きと共に少し声帯を伸展させる作用がある、などです。  

  

   

それがわからずにこの胸骨甲状筋ばかり鍛えてしまうと、例えば声帯閉鎖が苦手で閉鎖力を鍛えないといけない人にとっては逆効果になります。  

  

逆にそう言った方の場合は喉仏を上げる筋肉の一つである甲状舌骨筋と言う筋肉を鍛えると良い例が多いです。甲状舌骨筋には声帯の閉鎖を強く促進する作用があるからです。  

  

  

喉仏を下げる事が必ずしも発声に良いわけでは無く、あくまで発声補助の動きの一つとして鍛える事でバランスを取る事が大切だと言う事ですね。  

  

   

  

  

もう一つの課題が、歌う時まで喉仏を下げようとしてしまう方が多いと言う事です。  

  

  

もともと喉仏を下げる練習のメリットは、その筋肉を鍛える事により発声補助の筋肉バランスを良くする事です。  

  

これを歌う時まで行おうとすると、本来筋肉のバランスが良い事で発声の補助力が生まれるのにそのバランスを自ら崩してしまうと言う事が起こりやすいです。  

  

  

もちろんジャンルによっては喉仏を下げて歌った方がカッコいいとされるジャンルもあるので(グランドオペラなど)、そういったジャンルの方は歌う時にも引き下げる必要はあります。  

  

 

ですがそうではない方がやりすぎてしまうと発声がしにくくなったり、そうでなくても楽曲や歌い方に対して不自然な発声になる事が多々あります。  

  

   

また、喉仏を下げる筋肉は全般声帯閉鎖を緩めてしまう作用があるため、それを補うために声帯閉鎖を強めようと声門下圧(声帯にかかる息の圧力)が上がり呼気圧迫状態になりがちです。(なぜ声門下圧が上がると声帯閉鎖が強まるかはボイトレコラムをご覧下さい)  

  

   

  

  

どの様な声で歌いたいかにもよりますが、一般的な日本のポピュラーミュージックでは喉頭の位置(ラリンクスポジションなどと言います)は中庸~やや上がり気味くらいが平均かと思います。  

  

  

また、その他のジャンルの方もそのジャンルに適した位置で歌う程度にとどめ、あまり思い切り下げすぎない方が良い場合がほとんどです。  

  

   

  

   

 

いかがでしょうか。先ほど挙げたメニューのうち、今まで一つでも行った事はありませんでしたか?  

  

  

この様な事を知りながら練習を行うだけで、ずいぶん成果は変わって来るかと思います。  

  

  

当然周りにこの様な事を教えてくれる環境はなかなか無いと思います。  

  

   

  

 

そんな方はぜひこのコラムでボイトレに関する知識を深め、そう言ったボイトレの深い所を理解出来る様になって下さいね。  

  

  

そして、ぜひ「きちんと成長する方法で」ボイストレーニングの練習に取り組んで下さい。  

  

  

きちんと理解納得しながらだからきっと練習も続けられますし、正しく続ければ絶対に上達します。  

  

   

  

”上達する理由”がある練習法と巡り合い、目指している自分にたどり着いて下さいね。  

  

   

  

   

  

   

  

   

  

Saucer Of the Sound music school 代表 絢太(kenta)